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Dec
7th
Wed
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まずは自分自身のなかに齟齬を生め!

そんな、なあなあの状況がいいわけがない。なあなあ言いあうだけで、みんなが自分の考えを言葉にする努力を徹底的に怠っている状況は末期的な印象を受けます。

自分の頭のなかで言葉として考えを組み立てることをサボって「いいね!」で済ます。こういう記事を見つけて何のコメントもなしにリンクだけはってツイートしてるのも同じ。言葉がない。自分が何を感じたかをあらためて言葉にして見つめ直すという視点がない。それゆえ、そこには共感した自分とそれをあらためて言葉にする自分のあいだで生じるはずの齟齬が存在しない。自分自身のなかでさえ、なあなあがはびこっています。

自分自身のなかで考えを言葉として組み立てること。それをして、ちゃんとその内容に目を向ければ、なにかしら「あれ?」と思うようなつまずきに出会うはず。そのつまずきという齟齬を見過ごさないこだわりが大事です。
実はその齟齬が共感した自分とその共感とズレた自分のライバル関係を生む。ライバル関係こそがいまの自分を飛躍させるためのきっかけになります。

ところが、考えたことを言葉にする作業をはじめから放棄していたら、そのチャンスは訪れない。なあなあだからです。こだわりがないからです。結局のところ、そういう自分自身のなかで齟齬が生まれることさえ怖がっているのでしょうね。自分自身でもカンタンに処理できなくて面倒なことになるのがイヤなのでしょうね。知的怠惰の一例です。そんな怠慢でショボすぎる現状が変わるわけないのに。ショボすぎる現状を他人のせいにしても、きっと状況は悪くなる一方なのに。

前にも「頭の中にあることを瞬間的に出せる訓練をしないとコンセプトもへったくれもない」や「語彙が少ないと仕事の能率もわるい?」といった記事を書いたけど、言葉にできないと考えたことにならないというのになんで気付かないんでしょう? まさに「Fw:本当に考えたの?(それは「考えた」と言わない。)」です。「わかったつもり 読解力がつかない本当の原因」です。考えてなさすぎだし、わかってなさすぎですよね。なによりわかろうとしなさすぎだし考えようともしてなさすぎです。
起きてるあいだ、何してるんでしょ?

そして、自分から積極的に考えを言葉にすることはいっさいないのに、誰かに何かをいわれたときの言い訳だけは饒舌になる。なんやねん、その態度? 自分をそんな風に弁護するのではなく、もっと積極的に自分のなかに齟齬をつくりだして過去の自分を常にアップデートしていく方向でいこうよ。